和雄「さて、あと1分、か」
俺は腕時計を見ながら一人呟いた。
一時期はどっと押し寄せていた学生たちも、この時間になるとかなりまばらになっていた。
学生「おーっと、やべぇやべぇ。セーフっと」
和雄「ほら、急いだ。あと30秒で予鈴だぞ」
ギリギリに駆込んでくる学生も今のが最後か。
と…………そうでもなかった。
50Mほど向こう。走れば10秒もあれば到着するような場所で、のたくたともたついている女子学生が一人。
女子学生「ほえええっ。わっ、私が着くまで〜鳴〜らないでぇぇぇ]」
本人は必死…なのだろうが、どこか間延びしたお気楽そうな声で女子学生が呻いた。
和雄「何やってんだ。急げ急げ。まだ間に合うぞ」
女子学生「ほえぇほえぇ、わ、わかってるんですがぁ] いそいでるんですがぁっ]」
ばたばたと勢いよく動かしている手足ほどには、体が進んでいない。
何と言うか……。
逆に器用だとも思う。
だが、時は無情だ。彼女がどれだけがんばろうと、あと5秒後には予鈴がなる。
そうなったら俺は立場上、彼女を遅刻者として扱わなければならない。
……建前としては。
女子学生「ほ……? ほわぁぁっ!?」
すっとんきょうな叫び声があがった。
べちんっ
と、人が転倒する音。
もちろんさっきの必死な女子学生だ。
そして次の瞬間、
キーンコーンカーンコーン
実に時間に正確に、チャイムの音が鳴り響いた。
和雄「おいおい、だいじょうぶか?」
俺は女子学生に駆け寄った。
女子学生「あうち……ほにゃっ!?」
彼女はすかさず顔を上げると、倒れた格好のままにっこりと笑った。
和雄「……!?」
女子学生「先生先生っ! ほらほらぁっ、手が校門にかかってるよね。遅刻じゃないよね、私っ」
和雄「あ、ああ………そうだな………」
なんだかそれどころじゃないような気もするが、一応は答えてやる。
女子学生「きゃ〜っほう、やったぁ、間に合ったぁぁっ!!」
そりゃもう狂喜乱舞だ。
遅刻にならなかったというだけで、これだけ喜べるってのも珍しい。
女子学生「あにゃ? そういえば、先生………って、先生………?」
和雄「そうだが…何かおかしいか?」
女子学生「ううんっ、そうでなくってぇ………あっ、思い出した! 先生、朝礼で紹介されてた新しい先生だあっ」
和雄「ああ、そういうことか。芹沢だ。よろしくな」
女子学生「は〜いっ、私はあんなですっ。松本あんな。よくとろいとかぁ、ドジだとか言われちゃいますけどぉ、ほんとにそうなんです! すいませんっ」
あんなと名乗る女子学生は、そうはっきりと言ってぺこりと頭を下げた。
はは、なんというか、面白い子だな。
和雄「あれ? 大丈夫か、手、すりむけて血が出てるぞ?」
あんな「えっ? ああっ、ほ、ほんとうですね、はわわわわ、い、痛いです〜っ]」
和雄「いきなりおおげさだな。さっきまで痛くなかったんだろ?」
あんな「はうう、傷を見たら急に痛みが……それに、体もあっちこっち痛いし……ううう、ぐっすん」
和雄「しょうがないな、ほら、それじゃあ一緒に保健室に行こう。歩けるか?」
あんな「は、はいぃ、すみませぇん……]」
俺はびっこを引いて歩くあんなに手を貸しながら、保健室へと連れて行った。
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